「イマルークを継ぐ者」連載中。テラの小説サイトです。

ムジカテラス

お知らせ

1-4-3

 水の都・オオガ。水《ルーシ》に恵まれたかの地は、深く豊かな森林と山を背後にした、美しい自然の街である。人々から笑顔は絶えず、シャイマルークへ向かう商人達が運んだ物で、市はあふれ、中央の噴水の見事さはシャイマルーク城の庭にあるものに匹敵すると歌われた。
 だが、この状況は……。
 オオガに来たことのある3人は、馬上から呆然と街をみやった。活気と言うものが無い。人々であふれかえるはずの大通りには、数人の数しか居ず、店も数えるほどしか出ていない。その店にも商品はほとんど無いような状況だった。
「噂とは違うのね」
 残念そうなエノリアの声に、ランがつぶやく。
「前に来たときはもっと活気にあふれていたぞ」
「何があったんだろう…」
 ミラールが呟く。
「霊の影響ってやつか?」
 ランが視線をラスメイに返した。
「まさか……。こんなに顕著に表れるものか」
 ラスメイがそう呟いて、はっとしたように目を見開いた。
「水《ルーシ》だ……」
「は?」
「水《ルーシ》の気配がないんだ」
 ラスメイは近くの用水路を覗き込んだ。オオガは水《ルーシ》が豊富なため、人々の家に水路が引かれ、わざわざ井戸まで水汲みに行く必要も無いはずなのだが。
「水が途絶えている……」
「あんたら、どこからきたんだい」
 急に声をかけられて、四人は一斉に振り返った。そこには一人の老婆が居た。険しい顔をして、四人を見ている。
「あ、私たちはシャイマルークから……」
 エノリアがその眼光に少し戸惑いながら答える。老婆は金色の瞳を見詰めて、聞き返す。
「光宮《ヴィリスタル》からの使者か?」
「い、いいえ。私は違います」
 そうか……と呟いて、すこし老婆は落胆したようだった。
「もうそろそろ使者が来られるかと思っておったのだが……。では、旅人かい」
「ええ、旅の途中です」
「よく、森を抜けれたものだな。魔物には襲われなかったのかい?」
 老婆はランに目を移した。腰の剣と左手の腕輪に目をやり納得したように頷く。
「珍しい……。フォルタでもあり剣士でもあるとはな……。それで、森を抜けられたか」
「何か、ありましたか」
 ミラールが人好きのする柔らかい声で聞くと、老婆は大きくため息をついた。
「ほんの四日ほど前のことだよ。分宮《アル》は襲われ、水《ルーシ》は途絶え、全ての水魔術師《ルシタ》が行方をくらました。そう、ほんの四日ほど前……。一度にいろんなことが起こってね。それだけじゃない……。こんなふうに町は眠ってしまったようだ」
「……旅人も途絶えましたか?」
「そうさなあ。6日前ぐらいから、森の魔物達がいつになく騒いでいるとかで、旅人や商人の数が減ってねえ。これも同じく4日ほど前から、ぱったりと人は途絶えてしまったよ」
 肩を落としながら、4人にそう言うと老婆は視線を上げる。
「ということでさ。あんたら、先を急がないならちょっと休んでいきな。茶ァぐらいはだせるからね」
「分宮《アル》が襲われたと聞いたが、人は……」
 ランの質問に、老婆は気落ちしたように首を振る。
「3人の《ヴィリスタニア》がいたけどね。二人は殺されてしまったよ……。今はリュス様が残って居られる」
「それで、ここには城からの駐留兵はいなかったの?」
 ミラールが聞くと老婆は首を振った。
「いつもはいないよ。何かがあれば隣町のシューラの駐留兵にたのむのさ。分宮《アル》が襲われたとき、すぐに、水魔術師《ルシタ》に頼んで水鏡で光宮《ヴィリスタル》と連絡をとろうとしたんだよ。
 だが、そのときすでに水魔術師《ルシタ》は皆いなくなっていてな。シューラまでの伝書鳩を飛 ばして知らせを送ってもらったからね。早ければもう、宮からの使者が来られると思ったんだがねえ ……」
 老婆は4人の返事も待たず、さあさあと老婆は自分の家に招きいれる。ランがフォルタであり剣士でもあることや、エノリアが光《リア》をもっていること、ラスメイが子供で、ミラールの雰囲気が優しいことから、警戒心は持たれていない様だ。
「森の魔物だが、どうだったね。やっぱり、強くなっていたかい」
 ここ最近、街に外からの情報が入っていないからか、老婆は熱心に聞き出そうとしている。家にせっかちに招きいれたのも情報が欲しかったから、そして話をしたかったからかもしれない。
 老婆は聞かないことまでいろいろと話し始めた。
「水魔術師《ルシタ》はな、四日前に急に消えたといわれてるがな。数日前から、一人二人といなくなっていたらしいんだ。まあ、みな、仕事にでも行っているのだろうと思っていたから、気にもとめなかったらしいがなあ。
 そして、あの騒動があって。こりゃ、早く宮か城に連絡をとらなくてはって、上級水魔術師《ルシタ》から下級水魔術師《ルシタ》、この町にはそれでも9人は水魔術師《ルシタ》が残っていたから、全部回ってみたけどな、一人もいなかったんだよ」
 老婆は大きく息を吐くと、4人にお茶を勧めた。
「この水はどこから?」
 ランが聞くと、老婆は気にしなくていいと言った。
「隣の若い者にな、頼んで外まで汲みに行ってもらってるんだよ。ここ最近……体調も悪い。外に出る気もしなくてなあ」
 ラスメイが意味深に顔を上げた。だが、何も言わずお茶に口をつける。エノリアはそんなラスメイの仕草を見つつ、老婆に話し掛ける。
「他に、何か変わった事は……」
「いいや……。最近、魔物が増えたことだけかね。この町は水魔術師《ルシタ》に守られていたが、その水魔術師《ルシタ》もいない。
 早く、城かシューラから来てくれるといいのだが……。シューラからさえも人が途絶えたからなあ」
 ランは少し頷くと、老婆に向かっていった。
「魔物はここを襲うのですか」
「いや……。ただ、分宮《アル》が襲われたからな。あそこを襲う人間はいない。そんな不敬なことをするはずがない。その上、巫女《アルデ》達を殺すなど……」
 老婆は話し尽きたように黙りこくってしまった。ランは動きを止めて何かを考えていたようだったが、そのお茶を飲み干すと、立ち上がった。
「お茶をありがとうございました」
 珍しく優しい声でランはそう言うと、老婆が顔を上げた。
「おまえさんたちはどうするんだい?」
「少し、この町を回ってみます。少し、気になるので」
「そうかい、とどまるつもりならここを使っていいからね。息子達はもう数年前にシャイマルーク へ行ってしまって、部屋だけは空いているからねえ」
「ありがとうございます」
 ランはそう言うと一人で家を出て行く。慌てて3人が立ち上がった。
「ありがとう。おばあさん。お茶おいしかったよ」
「元気出してね。おばあちゃん」
 ミラールとエノリアは慌ててランを追いかけた。残ったラスメイが老婆を見ていた。
「心配ない」
 紫色の瞳がやさしく微笑んだ。

 ラン達がオオガにつく三日前。シャイマルークでもその話は持ちきりである。
「シャイマルークとフュンランの間をつなぐ道路、オオガ付近の森の魔物達が活性化しており、通行不能です」
「シューラより水鏡による連絡がはいりました。オオガから緊急連絡が入ったとのことです。オオガの分宮《アル》が何者かによって教われ、三人の巫女《アルデ》のうち、二人が死亡。
 巫女《アルデ》となる仕える者《ニア》と兵士の派遣要請です」
 ほらみたことか……。シャイマルーク王・ゼアルークはその報告を執務室で聞きつつも、冷ややかな態度を崩さず、心の中でそう思った。エノリアが……二人目の太陽の娘《リスタル》が、宮を出てからこの手の報告は聞き飽きるほどだ。
 シャイマルークの周りも、以前よりも魔物達が活性化している。兵士達はその鎮圧に向けられ、エノリア捜索にまわせる信頼できる兵士が少なすぎる。
 ゼアルークは額に手を当てた。
 自分の右腕であるセイを派遣するしかなかった。最高魔術師は何を聞いてもしらばっくれるばかり。シャイマルークの結界を強めてくれるのはよいが……。
「魔術師が少ない街には、王宮警護魔術師のなかから数名、派遣します」
 冷静に報告しろと言っているのに、焦りがかすかに感じられる声に、ゼアルークは多少いらついていた。落ち着きなく指で机を叩きながら、はき捨てるように言う。
「セアラは」
「はいはい。なんだい? ゼアルーク王よ」
 居ないと思っていたのに、入り口付近に彼は立っていた。ゼアルークは彼の笑顔が大嫌いだった。その裏にあるものの正体を掴めずに居たから。
「こんなところで油を売っていていいのか」
 他のものが聞けば、震え上がるほど冷たい響きを、セアラは口をゆがめて受け取った。
「いいんだよ。シャイマルークの結界はちゃんと補強しているしね。城の水鏡はキャニルス家の御曹司が管理してくれている。することが無くて、飽き飽きしているところだよ」
「他に、あるだろう」
「たとえば?」
 ゼアルークは片手にもっていた書類の束を、ばさっと目の前の重厚な机に叩き付けた。この魔法使いの赤い目は、人をあざけるように感じられる。
「この状況を打開する方法を考えるとかな」
「ああ、そういうことだね?」
 セアラは大袈裟に肩を竦めてみせる。
「そちらはさっぱり。まあ、魔物が活性化している場所に兵士や魔術師を派遣することが、ひとまずの対策じゃないのかい」
「そんなことは分かっている」
 ゼアルークはきつくセアラを睨んだ。そんなことをしても、通じる相手ではないとは知ってはいるが。
「エノリアを、殺せばいいと言わせたいのかな?」
「わかっているのなら、そうすればいいじゃないか。不安の種は消すべきだ」
「ゼアルークらしくない言いかただね」
 赤い瞳を少し細めて、セアラはそう言った。少し含まれた嘲りに王は眉を寄せた。
「少し、短絡すぎではないかい」
「短絡?貴様にいわれたくないな」
 ゼアルークは机に拳を叩き付ける。その珍しい言動をセアラは静かに見守って…、いや興味深そうに見守っている。
「エノリアが光宮《ヴィリスタル》を抜け出てから、このような事が起こっているのだ。明らかではないか!」
セアラはゆっくりとゼアルークの机に近づきながら、言う。
「いいや、もう一つ起こったことがあるんだよ」
 ゼアルークがきつい視線をセアラに向けた。何だと聞き返すのもうっとうしいというようなゼアルークの内心を察して、なおかつ、セアラは嫌がらせのように完璧な微笑みを作る。
「月の娘《イアル》が失踪したということだよ」
「何…」
「王はね、その正体不明の青い瞳の少年とやらの言ったことにこだわりすぎなのではないのかい?」
 セアラは近くにいた侍従に、壁際の椅子を運ばせ、机の横側に座った。
「太陽の娘《リスタル》・月の娘《イアル》・大地の娘《アラル》が宮に居てこそ、この世界の秩序は守られる。3人の女性に世界がかかってくるなんて、我ながらつまらない仮説を立てたものだと思うけれどね…?」
 乱世の世を終結させたレーヤルーク王。彼に魔術師として協力したのがこのセアラである。セアラがこの地に城を立てさせ、宮を作らせ、そこに娘達を祭らせることによって、乱世は納まっていったという。
 それから、人々は自分達の安寧が、娘達とイマルークの末裔によって、守られているのだと深く信じているのだ。それが本当かどうか、ただの偶然であったのか、それを知るものは居ないけれども。伝説とは、そのように残っていくものである。
「魔物が出始めたのが、百歩譲ってエノリアの所為だとしてでもね、活性化したのはエノリアの所為だとはいえないかもしれないな」
「お前の話には仮定が多すぎるな」
 吐き捨てるように言ったゼアルークに、セアラは笑うだけである。
「イマルークの造り給うたこの世界。本当に知り得るのは、イマルークのみ」
 セアラはそう言うと、あざけるような笑みを浮かべる。
「何が作用して、魔物が出現し、活性化しているかなんて、誰にもわからないものだよ」
「何が起こっているかは明白ではないか!今までになかった二人目の太陽の娘《リスタル》が生まれ、同時に魔物が現れた。この関連を無視せよというのか」
「では、なぜ太陽の娘《リスタル》が二人も現れたのか…。考えたことがあるかい?創造神《イマルーク》の意思ならどうする?
 神聖なる娘をその手にかけることができるのかい?あなたは創造神《イマルーク》の血を継ぐものだろう?」
「だからこそ、許されるのではないのか。創造神《イマルーク》の血を継ぐからこそ、その判断は創造神《イマルーク》の意志でもある」
(そうではない。いまさら創造神《イマルーク》がどうとかではない。あの存在は私を脅かす。ただそれだけだ)
 セアラは真顔でつぶやいた。
「私には王がしようとしていることは、ただ、一人のわけの分からない子供の言うことを信じて、たまたま生まれた二人目の太陽の娘《リスタル》を排除して、慰め程度の安心を手に入れることに見えるけどね」
「!」
 ゼアルークの眼力は、セアラを貫きそうな勢いだった。
「ああ、失礼。曖昧に言うことの大切さを、忘れていたよ」
 セアラは楽しそうに微笑むと、珍しく感情の現われた王の顔をのぞき込んだ。
「まあ、なんにしろ、詳しいことは私には分かりませんということかな。最高魔術師としての私にはね」
 ゼアルークは大きくため息をつく。
「他に御用はおありですか?」
 わざと丁寧に聞くセアラを、もう睨み付ける気にもならずにゼアルークは顎で出て行くように示す。近くに控えていた侍従にも下がるように言った。
 無論、珍しく怒気をあらわにした王の近くには居たくないらしく、すぐに部屋に一人になれたのだが。
「……慰め程度の安心か……」
 呟いて、ゼアルークは椅子の背もたれに身を埋めた。
「一人を殺しそれで万人の安寧を得られるなら、私はそちらを選ぶがな」
(『王とは』)
 ゼアルークは静かに目をつぶる。思い出すその人の印象は、彼にとって決して優しいとは言えないが、それでも尊敬していた。エノリアを生かすという判断をした父でも…。
(『王とは少数を殺し、万人を生かす者』)
 彼はそういうと困ったように暗い緑色の目を細めたものだった。大きな手が、自分の頭に乗せられる。
(『王は少数を選んではいけない……。自分の大切なものが少数であったときも、切り捨てなくてはならない……』)
 そして、呟く。
(『孤独……なのだよ。この上なく』)
 お前はなれるかと問われ、当たり前だと答えた。
「……『私は父上のたった一人の息子なのだから』……」
 自分のあの時の答えを思い出す。今ならなんとこたえるだろうか。
「……私は創造神《イマルーク》の血をひく者なのだから……」
 そう呟いても満ち足りないのはなぜだろうか。認めてくれないからか……。一番認めて欲しい人に、未だ、王と認められないからか。
 王とではない。自分と認めてもらえないからか。
「……王か……」
 ゼアルークは呟いて、首を振った。
 迷いなど邪魔なだけだ。
 もっと、一つのことだけを考えて生きていけるのなら、そちらのほうが簡単なこと。
 こだわりを定めてしまえば、あとはそれを考えるだけでいい。他のことなど捨ててしまえばいい……。
 王であることだけを考えて、それだけでいいのだ。
(『寂しいことなのだよ。ゼアルーク』)
 それでも、そうやって生きていくことしか選べないのだから。

更新日:2020年01月05日