「イマルークを継ぐ者」連載中。テラの小説サイトです。

ムジカテラス

お知らせ

6.贖罪

 どこか遠くで声がしている。
 懐かしい声。
 それは、何か郷愁に似たものと、哀しみをつれてくる…。

「あれほど言ったでしょ? エノリア! お外で遊んではいけないの!」
 どうして? だってお外は楽しいよ?
 風がすうって通って、葉っぱがざわざわっていうの。
 葉っぱが動くと、太陽の光がゆれてるみたいで楽しいの。
 みんなの声も聞こえるの。
 みんなが「遊ぼう」って言ってくれるの。
「金色の髪だってばれたらどうするの?」
 どうして? 金色の髪じゃだめなの?
「あの子と遊んではいけません」
 だって、声かけてくれたんだよ? 「お友達」なんだよ?
「どうして言うことをきけないの」
 どうして?
「お願いよ、エノリア」
「あなたと一緒に居たいのよ。ずっと一緒にいたいの。だから」
「お母さんは、あなたを愛しているから言うのよ」
 お母さん。ここは暗いよ?
 お母さん。このドアを開けてよ!
 お母さん!
「許してエノリア……」
「あなたを愛しているからなの……」
「すべては、あなたを失いたくないから……」
「愛しているのよ」
「愛しているから……」
 アイシテルって何?
 閉じ込めてしまうことなの?
 離さないことなの?

   何?

 アイシテルなんて言葉を振りかざさないで。
 そんな言葉でごまかさないで。
 その言葉を理由にしないで。
 それ以上、追求できなくなってしまうのだから。
 理由にしないで……。
 ごまかさないで……。

 金色の瞳だけが強く映る。
「どうして……」
 誰?
「どうして? 私は光《リア》を持つ者なのに」
 泣いている……?
「そのせいなの……?」
 それとも……笑っているの?
「どうして?だって、私は!」
 狂気……。
「許さない」
「もう一度目を開けて、そして言って。間違っていたって。選んだのは私だって。そうでしょ?だって私は光《リア》を持つ者なのよ!」

 エノリアは目を見開いた。目を見開いた先に、ひとつの金色の瞳と間近にナイフの輝きを見る。
「もう少し眠っていればよかったのに」
 抑揚のない声でそう呟く彼女の目に、光は宿っていない。
 誰?これは。
 こんな目をして、こんな顔をしてる人、知らない。
 ……母さん?
「お茶に入れた闇《ゼク》の欠片……。あなたの光《リア》の量に対しては少なかったかしら」
「気分、悪い…」
「そうね。分宮《アル》から出ようとするからよ?おとなしくしていれば、嫌な思い出を見るだけですんだのに」
 思い出?
 ああ、さっきまで見ていた。お母さんの……。
 あんなのずっと忘れていたのに。
(忘れていた?)
 ずっと忘れて居たかった。
(ああ、そうか……。さっきのは現実か。
 本当にあった過去なんだ)
 忘れて居たかった。そうすれば、壊れなかったのに。
(何が?)
 自分で問うて、目を伏せた。
(やめよう……)
 嫌なものをそれは、つれてくる。
 エノリアは、ぼうっとした頭で問う。
「何を……?」
「闇《ゼク》を飲ませたの。ただそれだけ」
 エノリアの頭はまだきちんと働いていなかった。その振りかざした小刀が何を意味しているかさえ、順を追って考えないと分からない。
 考えるのも……気だるい。
「どうして……」
 エノリアは呟いた。
 思ったことが、簡単に口を突く。
「どうして……悲しい……?」
 リュスの目が軽く見開かれた。
「あなたも……。お母さんと同じ目をしている……」
「悲しい?」
 リュスは微笑んだ。その妖しさと悲しさの紙一重の美しさに一瞬見とれてしまう。諦めに似た微笑を浮かべつつ、リュスは小刀の刃に触れた。
「悲しくないわ……」
「貴方のなかのその理由で…、何をしようとしているの…?」
 母はアイシテイルという言葉で、私を暗闇に閉じ込めた。
 貴方は?アイシテイルという言葉で、何をしようとしているの?それとも光《リア》である理由で?
 彼女は答えなかった。その代わり、壁にもたれかかっているエノリアに近づいた。そして、エノリアの瞳を覗き込む。
「まだ、動けないでしょ……?」
 そう言えば、痺れにも似たものが全身を支配していた。意識するとそれは痛みにも変わる。
「お話しましょうか。少しだけ」
「話?」
 エノリアは周りを見まわした。状況が、感情を伴わずに頭に入り込んでくる。
 周りは壁も天井も、そして床さえも氷で覆われていた。氷には数人の男女が埋めこまれ(死んでいるようだ…)、中央には一人の男性が横たわっていた…。
「何故、創造神《イマルーク》は光《リア》から人を創ったのか、考えたことがある?」
 ここはどこ?
「娘達だけで良かったのに、どうして光《リア》から人を創ったのか?」
 そして、この人達は?あの男性は?
「失いたくなかったからよ。光《リア》で創られた人の美しさを」
 では、何故私を。
 エノリアは唐突に思った。
 何故、二人目の太陽の娘《リスタル》を?
「光《リア》を持つ者は、創造神《イマルーク》に愛される者」
 馬鹿馬鹿しい…。思ったけど、言葉にはならなかった。
 創造神《イマルーク》がいて、光《リア》にそんな意味があるなら、何故、世界が破壊されるかもしれない原因を、『それ』に持たせたの。
 どうして、『私』に。
 それとも違うの?私は…原因ではないの?
「人を愛したことがある?」
 光《リア》を愛するなら。
「私はあるわ。ただ一度だけ」
 そんな誤解を招くようなことを。
「彼は私を愛してくれた…。結婚の約束もしていた。なのに」
 リュスの言葉は、用意された台詞のように聞こえる。
「彼は、言葉はくれなかった。愛しているとはいってくれなかった…」
「コトバ…」
「彼は死んでしまった。他の人を選んで…一緒に」
 リュスはそう言うと、少しだけ笑う。
「間違いは…正さないと」
 ああ…この人の瞳は母に似ている。
 一心に、突き進むことしかできなかった、あの人。
 私を離せば楽になれたのに。
 母であることがそれを邪魔した。
 私を「愛している」という理由がそれを邪魔した。
「彼は間違ったのよ。光《リア》を持つ者を選び損ねたの。だから、もう一度やりなおすの。今度こそ…きっと微笑んでくれる」
 理由を求めている。哀しみに耐え切れなくて…違う理由を選んでしまった…。
 光《リア》を理由に。
 自分の想いではなく。
「かわいそうね」
 エノリアは呟いた。
 その言葉は自分に向けたものかもしれない。
 否。母に。
 私の光《リア》に振りまわされてしまった…、母。
 1ヶ月も光ひとつ入ってこない部屋に、幼い私を閉じ込めた母は、私がドアを叩くたびに、狂ったように叫んだ。
 ウシナイタクナイ。アイシテイルノ。
 父が1ヶ月後に帰ってきて、部屋から出してくれたとき…、母の目は。
 母の目は…。
「光《リア》を持ってしまってかわいそうね…」
「何?」
「そんなもの持ってしまったから…他の人と同じように歩めない…」
 頭がはっきりとしてきた。まだ、体はしびれていたけど。怒りが頭を覚醒させる。
「あたりまえだわ。光《リア》を持つものは特別だから」
「彼があなたを選ぶのも当たり前?好きな人に愛されるのは当たり前?光《リア》をもつから…当たり前?」
 エノリアはそう言って息を吐く。
「巫女《アルデ》が望んだこと、村の人たちはかなえようとしたんだろうね。たとえ彼に愛する人がいても、引き裂いてでも」
「そんなこと…」
「本当に愛する人と引き裂かれるってどんな気分かな…。そして、彼が追い詰められても…」
 エノリアは顔を上げた。
「あなたは自分の光《リア》のせいで、それに気づきもしない。光《リア》を持つ者に選ばれることは、幸せなことだからと疑いもしない」
 光《リア》の宿るその目で彼女を見る。
「気がつけば、彼を失っていた…。あなたは…憎いのね…」
 叫び声が聞こえた。
 声の奥に、心の叫び声が。
 泣き叫ぶ…彼女の心。
 母さんの叫び声。
「光《リア》が…憎いのね…」
「違うわ!」
 はじかれるように叫んで、リュスは大きく首を振った。
「違うわ…!光《リア》は…光《リア》は選ばれたものの印…。私は…」
「その考えが邪魔して、自分を責めることもできない…」
 何かをこらえるように寄せられた眉。
「認めて、泣くこともできない…」
「黙って!」
 リュスはナイフをエノリアの首筋につけた。
「黙りなさいよ!」
 エノリアは身動きひとつしなかった。そこに付きつけられたナイフの冷たささえ、遠い感覚だった。表情を変えず、リュスから目をそらさずにエノリアは続ける。
「彼が死んでからやっと、彼が他に好きな人が居たのに、引き裂いてしまったと気づいてしまったんでしょ?  追い詰めたのは自分。自分と結婚することは彼の幸せだなんて思って、彼の本当の思いを知ることができなかった…。
 だって自分は光《リア》を持っているから。光《リア》は特別だから。それが邪魔して気づけなかった」
「だま…れ……!」
 彼女のナイフがエノリアの首の皮を少しだけかすった。呼吸は荒く、冷静なエノリアとは対称的に、リュスはうろたえていた。
「どうして『愛しているから』、彼に生きていて欲しいって言えないの?」
「……違うわ。彼はただ選び損ねたのよ」
 自分に言い聞かせるように言い、リュスは大きく息を吸った。
「貴方は……謝りたいだけじゃないの……?」
 微かな声にリュスは反応しなかった。
「何度も聞いたわ…貴方の声。貴方の助けを求めるような声」
「もう一度よ。彼が目覚めることができたら、私を選べる…」
 彼女の目が再び感情を押し隠してしまう。
「私は選ばれた者なんだから…」
「誰も選ばない。誰にも選ばれたりなんかしない」
 機械的に振りかざされるナイフ。
「その瞳で…」
「そこに意味をつけてしまうのは、人、なんだよ」
 冷たい輝きに、エノリアは恐怖を感じなかった。
 自分の言っていることを分かって欲しいとは、なぜか思わなかった。ただ、言葉を紡いでいた。
 感じたのは憐れみ。
 感じたのは哀しみ。

 「光《リア》なんて、要らないのにね…」

更新日:2020年01月11日